知っていると作品を見るのがもっと楽しくなる アートの材質・技法【写真編】

「奈義町現代美術館」という美術館をご存じですか?
岡山県と鳥取県の県境付近に位置する美術館ですが、「美術館の空間そのものがアーティストの作品」という、その場に行かないと作品を「体験」できないユニークな美術館なんです。
この記事では、「奈義町現代美術館」の見どころをご紹介するのとともに、現代アートや建築が好きならあわせて訪れたい、岡山県内のスポットをご紹介します。
1994年に岡山県奈義町にオープンした現代美術館。「大地の部屋」「太陽の部屋」、「月の部屋」と名付けられた3つの展示室で、それぞれアーティストがその場のための作品を制作しました。
このような、建物や土地と作品とが一体化した作品は「サイトスペシフィック・アート」と呼ばれ、国内ではその後「直島 地中美術館」(2004)や「豊島美術館」(2010) にも見られるようになりましたが、こうした取り組みの先駆けとも言える美術館です。
建築を手がけたのは磯崎新。この美術館のほかにも、水戸芸術館や原美術館ARCなどの数多くの美術館の建築を手がけ、2019年にはプリツカー賞を受賞しています。
アクセスは、新幹線の姫路駅からも岡山駅からも車で2時間程度。遠方からのアクセスは決して良くない場所ながらも、他ではできない鑑賞体験や、写真映えする様子から、開館から四半世紀たった今でも人気の場所なんです。
それでは、奈義町現代美術館の作品を見てみましょう。会場内は一定のルール内で撮影も可能です。
受付で入館料を支払って最初に見えるのは、「大地の部屋」。日本の彫刻家で、この美術館を手がけた建築家・磯崎新の妻でもある宮脇愛子(1929-2014)の作品です。
複数のステンレスワイヤが弧を描く立体作品 ≪うつろひ≫ は、屋外では、池の上に設置され、水面にその曲線が映り込みます。風が吹くと、作品がゆったりとゆらぎ、ワイヤー同士がぶつかりあうかすかな音が聞こえてくるのと同時に、揺らぐ水面や、水面に反射する光の揺らぎも楽しめます。
ガラス壁を隔てて続く室内では、敷き詰められた黒い石の上に、同じワイヤー状の作品が、今度は静かに展示されています。光と影、動と静といった相反する要素が、隣り合うような様子も面白いですね。
「彫刻というもののもつ重々しさから離れて、鳥の飛翔のように自由なものをつくりたい」という願いで制作したと宮脇が述べている通り、軽やかで、美しく繊細な作品です。
荒川修作(1936〜2010)と、公私ともにそのパートナーであったマドリン・ギンズ(1941〜2014)の2人が手がけた初の建築作品です。
「奈義町現代美術館」の中でも象徴的な空間として、ポスターに使用されたり、Instagramなどでも多くの写真が投稿されるこちらの作品。傾いた筒状の空間は真南を向き、内部に照明はないけれども、正面のフィルター状の壁面から太陽の光が明るく差し込む空間となっています。
内部も筒状となっていて、床面も平面ではないため、歩くだけでも不安定な身体の感覚を感じます。さらに、床面に設置された曲面のベンチやシーソーは、大きさが1.5倍になって天井に鏡写しのように設置され、「上」と「下」という視覚的な感覚も徐々に不安に感じられるかもしれません。
側面には「龍安寺」の石庭と塀がそれぞれ反転するように設置されています。なぜ龍安寺なのかは不思議ですが、人工的に〈懐かしさ〉を「建築する」ことを目指した彼らが、日本人ならば誰もが知っている禅寺の庭、枯山水の風景を選択したと考えられています。庭園の中に錯視を取り入れ、謎の多さからも人を魅了する様子は、この作品にマッチしているようにも感じられました。
この展示室に入る手前の ≪太陽前室≫ も荒川修作+マドリン・ギンズが手がけたもので、彼らの得意なモチーフである「迷路」や、キー・コンセプトである「反転性」が取り入れられているほか、壁面には、奈義町に住む人達のスナップ・ショットが多数掲示されています。
「月の部屋」では、三日月のかたちの大きな部屋の中に、彫刻家の岡崎和郎 (1930-2022) による作品、黄金色の≪HISASHI≫が3点設置されています。展示室の端部は床面から天井までが大きな窓になっていて、部屋の中に差し込むグラデーションも美しい展示室です。
≪HISASHI≫は、テーブルの端に垂らした石膏をへラで延ばしては折り返し、石膏が固まるまでの約10分間の間に出来上がった形を原型とした”偶然の彫刻”の作品。
作品の向かいには、岡山産の御影石でつくられた、2つの対となる長い石のベンチが置かれています。無垢の石材から切り出された左右対称のベンチに座り、ゆったりと液体の一瞬の挙動を切り取ったような彫刻を楽しむことのできる空間です。
「太陽の部屋」と「月の部屋」の間には、「北棟ギャラリー」という小さなギャラリースペースがあり、こちらには NagiMOCA に関するデッサン、模型、ドローイングなどが展示されています。例えば「太陽の部屋」は、当初は龍安寺ではなく法隆寺のモチーフが取りこまれていた様子も知ることができ、興味深い展示です。
また、美術館に併設されたギャラリースペース「南棟(町民)ギャラリー」では、年間約10の現代美術の企画展が開催されています。こうして、美術館に常に新しい風が取り込まれているのも、開館から30年近く経ってもこの美術館が古いものにならない理由のひとつかもしれません。
さて、近隣の在住でない場合はなかなかアクセスしづらい場所にあるこちらの美術館。もし、現代アートや建築が好きなら、あわせて行ってみたい岡山県内のスポットもご紹介します。
奈義町現代美術館と同じ磯崎新が手がけた図書館です。奈義町現代美術館の2F部分なのであわせて気軽に訪問できますね。キューブ状の2フロアの吹き抜け空間となっており、その中央の天井部分から光が差し込むようになっています。
日本の建築設計事務所であり、建築プランナー・デザイナー・構造エンジニア・環境エンジニアの共同チームであるEurekaの手がけた建築が、奈義町現代美術館から徒歩5分ほどの場所にあります。
2021年に地元の大人や子どもたち、観光客の皆様、奈義町内外の人たちが集い、憩える空間としてオープンしたもの。町内外の人々が集い、憩うことができる場所を創出するための多世代交流施設と広場がつくられています。
奈義町現代美術館からは自動車で1時間半程度の、岡山県高梁(たかはし)市にある美術館で、成羽(なりわ)町が生んだ洋画家 児島虎次郎の遺徳を顕彰するために1953年(昭和28)に開館しました。
3代目となる現在の建物は、建築家 安藤忠雄の手がけたもの。コンクリートづくりの建築の周囲には大きな水盤が広がり、周囲の緑と調和した、美しい景観をつくりだしています。水盤に映り込むコンクリートの建築の様子も美しく、建物を鑑賞するのも楽しい美術館です。
最後に、場所は岡山駅の南側と距離は離れているものの、奈義町現代美術館とぜひあわせて訪れたいアートスポットです。
建物は1996年にSANNA(妹島和世+西沢立衛)が初の木造個人住宅として設計したもの。美術館への転用に当たり、SANAAから独立した建築家 周防貴之が改修を行ないました。柔らかく光が反射する白いキューブ状の外観が印象的な建築で、夜には内側から光が漏れ、まるでライトのよう。
コレクターであり、本スペースの館長である花房香さんは、奈義町現代美術館の設立や、作家の選定にも携わった方。会場では、奈義町現代美術館の設立に関わるエピソードなども展示されています。
S-house museumの特徴は、展示する作家を固定し、10年計画で作家ごとに毎年新作を加えて展示し続けること。館内には、Chim↑Pomや目、毛利悠子ら10アーティストの作品が毎年1作品ずつ増え、現代日本の芸術の最先端を体験できる場所です。
サイトスペシフィックな美術館の先駆けであり、他にはない体験の出来る奈義町現代美術館。写真では伝わりきらないこの感覚を、ぜひ現地で体験してみてくださいね。
公式URL:https://www.town.nagi.okayama.jp/moca/index.html
営業時間:9:30~17:00(入館は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は開館)および祝日の翌日
観覧料金:
一般・大学生:700円(500円)
高校生:500円(350円)
中学・小学生:300円(200円)
※( )内は20名以上の団体料金
※75歳以上、障がい者の方及び介護者1名は無料になります。
入館の際は、証明できるもののご提示をお願いいたします。
(障害手帳アプリ「ミライロID」のご提示でも減免が適用されます)